SSDもだいぶお安くなってきたのでSSD化してみました。
SSDはCFD販売のCSSD-PM64NLというやつです。
ATA133接続でリード85MB/s ライト68MB/sというものです。
まあ1万円ぐらいで買ったのでそれでよし。
しかしこの機種、ちょっと問題があります。
まずネジ穴が2個しかありません。まあ、これは両面テープでも使えば
なんとか回避できる範囲ではあるかと思いますが・・・。
そして、IntelのICH6Mチップセットとの相性問題あります。
古い機種のグレードアップ用でしょうからちょっと残念な感じです。
しかし、もうじきG-Monster IDE V2が発売されるというのに・・・。
注)改造するとメーカー保証の対象外になってしまいます。
何が起きても私は一切の責任を負いません。
C:\KJSの下にあるエマージェンシーCDを作成しておきます。
それから、リカバリ領域をバックアップします。私はTrueImage11Homeを使いました。
HDDと同容量でしたら全部バックアップでも問題ないと思います。
交換方法はWiKiに詳しく載っているので省略。
しかし、Wikiでも書いてあるように液晶下のカバーのツメが外れにくいです。
正直、折ってしまうんじゃないかと変な汗をかきました。
コツはキーボード側から精密ドライバのマイナスを入れてツメを押しながら
真上に持ち上げるようにして外す感じです。
あとはキーボードの両面テープを剥がす時にカッターの刃を目いっぱい
伸ばして右側から入れてこじってやると外れます。
キーボードまで外せば後は簡単に分解できます。
とはいえフラットケーブルは切れやすいですし、コネクタは壊れやすいので
注意して作業しないといけませんが・・・。
交換が終わったらディスクの中身を入れます。
私の場合、リカバリ領域だけをSSDに入れます。
そしてエマージェンシーCDから復旧処理を行ってみました。
何の問題も無くリカバリが終了しました。
ただ、このリカバリでは空き容量が強制的に2分割されてしまうようです。
大きなお世話ですね。
まあ、バックアップはWHSにとってあるのでパーティションは抹消します。
今度はWHSの復旧CDから起動します。
ネットワークは有線だとWHSも勝手に見つけてくれます。
あとは手順どおりにWHSのバックアップから復旧処理を行います。
これも特に問題無くあっさり終わりました。
起動してみると、交換以前の状態に戻っていました。
交換してみて、やはりプチフリとまではいかないまでも、リードライトが
込み合うと処理が遅くなると思います。
そこで一般的なプチフリ対策といわれているものを設定しました。
Windowsのシステムの復元オフ
Windowsの自動更新無効
SSDドライブのディスクの書き込みキャッシュ無効
SSDドライブのファイルインデックスオフ
WindowsのPrefetch機能無効
NFTSで最終アクセス記録の更新停止
実際、設定不要なものもあるかもしれません。
場合によっては逆にパフォーマンスを落としている可能性も・・・。
その他EWFの導入やRAMディスクなどは使いませんでした。
仮想メモリ無しなどの設定もしていません。
使ってみての結論は、
・体感的なスピードは上がる部分と落ちる部分がある。
・読み込みだけならかなり早いし早く感じる。
・起動は確実に早くなった。特にログインをしてからのディスクへの
アクセスの時間はかなり短くなった。
・動作音は確実に静かになった。
・バッテリの持ちは体感できるほどには変化は無かった。
・ディスクアクセスを気にする必要なくラフに扱えるようになった。
という感じです。
特に最後の項目は最大のメリットと言えなくも無いです。
今後おそらくSSDは大容量キャッシュ搭載商品が主流になり大容量化も
進んで行くことになると思います。
ベンチマークなどを見る限り、特にキャッシュはかなり有効なんだと思います。
(小さい単位のランダムライトが異常に遅い)
まあ、手ごろな値段で手に入るようになったら検討してみます。
ネットブックが花盛りですが、SH8のタッチパネルを使ってしまったら、
あまり触手が動きません。
モバイルとしてはスペック的にも不満は無いですし、しばらく買い換える
ことは無いと思います。
WiMAX内蔵製品も出てくるでしょうしSH8をN280にしてWiMAXとGPS内蔵の
製品が出たら考えるかな?
facebookページでファンを増やす18のテクニック – Be Wise Be Happy Pouch [ポーチ]
facebookページでファンをどのくらい集められるか、これは現代では重要なテーマだ。しかしながら、どうすれば、ファンを効率的に集めることができるのだろうか。今回は、『facebookページのファンを増やす18のテクニック』をお伝えしたい。 【1】メールの「署名」にfacebookページのURLを張っておく 【3】facebookでアップデートする場合はタグを入れよう 【4】Twitterのフォロアーにfacebookページを紹介しよう 【5】facebook adに投資しよう 【6】ブログやウェブページにfacebookのウィジットを設置しよう 【7】facebookページのURLをカスタマイズしよう 【9】facebookの個人アカウントでfacebookページを紹介しよう 【11】ファンにfacebookページのURLをリンクしてもらう 【12】あなたのYouTube動画にタグを入れよう 【13】あなたのTwitterアカウントのバックグラウンドにfacebookページのURLを入れよう 【15】「いいね!」ボックスを加えよう 【16】Google AdWordsを使おう 【17】あなたのパワーポイントやキーノートの資料にfacebookページのURLを入れよう 【18】あなたの友達をfacebookページに呼び込もう
あなたは、毎日何通メールを送っているだろうか? 実際に多くの人が、あなたのfacebookページを探しているかもしれないのだ。チャンスを無駄にしないようにしよう。
【2】facebookページが出来たことを、ブログで紹介しよう
ブログの読者にfacebookページを紹介しよう。しかし、「facebookページに参加してね!」と頼んではいけない。参加することのメリットを5つ上げよう。
facebookで投稿する際、半角@の後に例えば、「Pouch」と入力すると、そのページへのリンクをつけた状態で投稿できる。
facebookページに参加する明白な理由をしっかり伝えよう。例えば、「140文字以上のコミュニケーションをfacebookページでやりませんか?」など。
facebook adは思った以上に簡単だ。まずは、少ない金額で試してみるのもアリかも。
これは、多くのサイトが既にやっていることだろう。
facebookページのURLはファンが25人以上になると変更可能だ。URLはファンの記憶に残る重要なものなので、しっかりと対策しよう。
【8】名刺にfacebooページのURLを入れよう
あなたの会社の名刺や、個人の名刺にもfacebookページのURLを入れておこう。
あなたの友達や友人は意外にもあなたの『facebook個人アカウント』をチェックしているのだ。であれば、個人アカウントにもfacebookページのURLを入れておくべきだ。
【10】会社の人たちに参加してもらおう
あなたが所属している組織(例:会社)の人たちにfacebookページのURLを教え参加してもらおう。
あなたの現在のファンに、facebookページのURLをリンクしてもらうように頼んでみよう。彼らの個人プロフィールページに。実際にある会社が、ファン全員にお願いしたところ、「いいね!」の数がデイリーで2倍になったという。
もし、あなたがYouTubeに動画を公開しているなら、動画の最後にfacebookページのURLを入れておくといいだろう。「最後に」というのが肝かもしれない。
多くのTwitterユーザーはまだ、WEBブラウザでTwitterをやっている。したがって、Twiiterの画面も重要なマーケティングツールなのだ。
【14】QRコードを入れよう
あなたの持っているサイトやブログにfacebookページのQRコードを入れておこう。モバイルや、スマートフォンで見たいユーザーは今度もっと増えていく。
あなたのブログやウェブサイトに「いいね!」ボックスを加えよう。
facebook adと同じようなことだが、Google AdWordsで適切なキーワードを購入し、広告を出してみよう。
正義のための戦いなんてどこにもないのだ。正義は或る日突然逆転する。正義は信じがたい
やなせたかし
要点:たった3つのチェックを記事を公開する前に5分行うだけでその記事が大きく生まれ変わる事があります。そのチェックポイントを学んでみましょう。
ブログ記事には色んな記事があって、それぞれどんな方向性があるのかを吟味しながら記事を書かれていることだとおもう。
記事には「数字」を稼ぐという意味ではてなブックマーク向けの為の記事や、Twitterやfacebook受けするような大衆向けの記事、あるいはGoolgeから検索してもらう事で将来的に数字を稼ぐ記事などがあります。
今回はこうした点について考えてみましょう。3つのポイント
ポイント分けして考えるとそれぞれ3つのポイントがあります。
それは
この3点です。
これを検証する事で、その記事が持つ力を測定できるのではないかと考えました。1)口コミしやすいか
口コミ率の高い記事というのは至極あっさりとした記事が多いというのが数字として出ました。
ネタ帳の記事でいうと
ヘビーソーシャルネットワーカーの嫁が知るべき24の事
Twitterを楽しむ為の3つのコツ
集中力が切れたときに集中モードを復活させる行動7つ
一人で仕事をする上で学んだ5つの事|SOHOとしての日常
これらはTwitterやfacebookによってアクセス数をたたき出したものです。
最後のSOHOとしての日常に関しては「ぎりぎりの長さ」かなと言えます。
理由としては、短いほうがあっさり納得して、それに対して「一言付け加えて拡散」してもらえるからです。
いかにしてわかりやすく、初心者でも理解できる段階まで噛み砕いて説明してみるのもひとつ手ではあります。
また、各項目に数字、ナンバーを振る事がどれほど重要であるかをあまり理解されません。
各項目や画像にたった一つのナンバーがふってあるだけで、その画像や説明が何なのかがわからなくても、「8はありだなー」とか「3が素敵ですね」と言った口こみ力を育みます。
特に嫁が知るべき24の事の記事は「24wwwww RT」というただの芝生だけの紹介パターンも多く、これらの記事はブックマークされずともよい仕事をしたのかなと言えます。
あとは、少しおばかな事も真剣にやってみると、口コミ力がプラスされていきますよね。2)最後まで読まれたのか
これは、その記事、はてぶすごいけど最後まで読まれたの?
っていうところ。
はてぶによって例えば人気ホッテントリの1位なった記事は多数ありますが果たしてこれらの記事はきちんと最後まで仕事をしたのだろうかという点です。
もちろん、ブックマークされた記事は定期的に思い出され、定期的なアクセスを出すケースもあり、その瞬間的な数字だけが全てというわけではありません。
あとで困ったときにこれは活用しよう、あとで活用するときがくるかもしれないから保存しておこう。
こういうケースも多いからです。
しかし、「最後まで読まれたのか」というのは非常に大きな分かれ目となります。
これを測定する判断材料として、記事の下に配置してある広告のコンバーションあたりと、関連記事のクリック率が高く、滞在時間が長ければ、記事を最後まで読まれた可能性が高いのではないかと言えます。
面白い事に、まとめ記事はPVは高いがクリック率は異常なほど低い数値をだし、逆に短い記事は高いクリック率を出します。
相対的に記事のPVが高ければクリック率が低くてもいいように感じるかもしれませんが、その数値は3倍ほどの開きがあり、短い記事で最後まで読まれた記事は、PV以上の仕事(ちゃんと最後まで読んでもらい、納得してもらった)をしている可能性が高いと言えます。
最後まで読まれた可能性が高い記事が以下。
簡単に「コンテンツ」と呼ばれるブログ記事を作る方法
ビジネスブログで失敗する7つの理由
あなたのブログの再訪問者を増やす50の方法
ツイッターの日常における35の行動パターン
特に再訪問者を増やす50の方法は長い記事にもかかわらず、クリック率が高く、滞在時間の長い記事になっており、これもきちんと仕事をしているのではないかなと思います。
実際に最後まで読まれた可能性が高い記事は、文章主体の記事が多く、そしてもう一点の共通点として「記事の終わりが予測できる記事」が多いです。
例えば50の方法とか、7つの理由とかその辺ですね。
とりあえずブックマークせずとも、その時に読み終える程度の記事のほうが、案外いい仕事をして、納得して帰ってもらえるのかなと考えられます。3)検索されやすいか
定期的にGoogle検索から訪問される記事は、ブックマーク数の高い低いに左右される事はなく、記事のタイトルにきちんと検索用語が使われているのかによって左右されます。
Google検索の利用ユーザーは、そのページに自分が検索したいものがない場合、どこか別の探したいキーワードリンクを探す傾向が強い事がわかっており、その結果クリック率が上がります。
ちなみにもっともGoogle検索される記事は以下。
フリーで使えるいい感じの手書き風フォント特集(日本語も)
商用無料で使える写真素材サイトまとめ2009年度初版
iPhone4購入から1ヶ月|失ったもの、そして得たもの
検索用語は説明するまでもなく、手書き風フォント、商用無料写真素材、iPhone4です。
こうした記事は、そのとき数字を出さずとも、将来にわたり多くの仕事をします。
ちなみに手書き風フォントが先月仕事をしたPVは6万PVです。多いと判断するか少ないと判断するかはそれぞれのユーザー次第だと思います。
しかし、記事の内容がその時どんなものなのかによって、「今すぐ人をひきつけるべきタイトル」にするか「将来的に検索に引っかかるようにつけるべきタイトル」なのかを、もう一度よく考えてみてほしい。
例えば後々の教材系としての記事であれば、より慎重にタイトルを吟味する事をお勧めしたい。
その情報を必要としている多くのユーザーは、いったいその情報をどのように検索するのか。そのユーザーに向けてタイトルをつける事で将来にわたり大きな仕事をする記事に成長するはずです。
はてなブックマークでホッテントリ入りしたブログのほとんどが、「タイトルが重要」といいますが、その全てはいかに「クリックされやすい、人をひきつけるタイトルにするべきか」について論じられています。
もちろんそれも大事なのですが、それが全てでは無いのです。まとめると
今すぐ読んでほしいのか、情報のソース元に成長してほしい記事なのか、それとも勉強の教材としてなりうる情報なのか、それらを生み出したときに、再度タイトルと記事の内容を考えてみましょう。
その記事が何処へ向かうかを予測すると以下の点に矛盾点が生まれることが多い。
1)口コミしてほしいのに教科書のようになったり、難しくなってないか?
もっと楽になって、要点を分解したり項目に数字を振ってあるかを確認、わかりやすい言葉を選んだりできなかったかをチェック。
わかりやすい言葉や、初心者でも理解できる問題などは口コミされるような仕事をしてくれます。
2)最後まで読んでほしい記事なのに、無駄な情報がこびりついてないか?
削れる部分は無かったのか、記事を分ける事ができなかったのかをチェック。
記事を分ける事で、その子はより多くの仕事をします。
3)最終的に教科書のように使ってほしいのに、タイトルをあせりすぎてやしないか?
今すぐに人をひきつけるタイトルをつけて、余計な言葉をタイトルに使ってないかをチェック。
その子は今すぐ世にでてすぐに終わる子なのか、将来的に成功するような子なのか。きちんと判断して名づける。
このあたりは、書いているうちに意外と体にしみこんできます。
あまり難しい事を考えることもありませんが、公開前にもう一度だけわが子の将来を見直してみてください。
凄くいい仕事をする子に変わるかもしれません。
それでは、また。
リスクに対する「危機」という訳語は実に奥深いものです。そこには、危険(デンジャー)と機会(チャンス)が同居しています。飛行機が飛ぼうとする時、抵抗する風を浮揚力に変え、機体は地を離れます。サーファーにとって荒ぶる高波は命を奪いかねないものですが、いったんその波に乗れば、この上なく爽快な瞬間を獲得することができます。考えてみれば、人はリスクをコントロールし、リスクと引き換えに何かを成し遂げるものです。 私は仕事柄、さまざまなキャリアの相談を受けます。「組織に新たな提案をしたいとは思うのですが」「転職を考えているのですが」「留学したいのですが」「独立しようと思っているのですが」「異動希望を出したほうがいいか迷っていて」……。 こうして悩む人は多いのですが、大方は不安や保身から二の足を踏むこととなり、それなりに冒険を回避して、それなりの結果で妥協することになります(場合により、その選択は中庸の道を選んだのであって、決して悪いとは言えませんが)。 しかし、思い切って何かを試していれば、大きく自分が拓けたかもしれません。仕事やキャリア作りにおいて、ひとたび「何か試してみよう」「変化を仕掛けてみよう」とするとリスクが伴います。リスクとは、事態が悪化する可能性、体力や経済力を失う可能性、自らの信用を落とす可能性、周囲から非難される可能性などです。 これらのリスクを挙げていけばきりがありませんが、リスクも考えようです。平成ニッポンにおいての仕事上のリスクです。命を取られるわけでも、給料がゼロになるわけでもありません。自分が決めた建設的な目的を持って、変化を仕掛けて、自分を試す。そこでたとえ現象面で失敗したとしても、何か取り返しのつかない惨劇が待っているでしょうか。おそらく、そこで得られる心境は、「これで、また1つ状況が進んだぞ。得たものは大きい」―――ではないでしょうか。目的に向かう意志の下では、自分を試すことに失敗はないのです。 歴史上の偉人の生涯はもちろんですが、私たちが身近で見つける「あ、あの人の人生はいいな」において忘れてはならないことは、その人は必ず、あるタイミングで勇気ある決意と行動を仕掛けたということです。 私は、仕事上で自分試しを何らかの形で仕掛けようとしている人に対して(自分自身に対してもそうですが)アドバイスしていることは単純明快です。「7割レベルまで計画、夢、志、理想像が見えるのであればGO!」です。 ただし、健康であること、家庭環境がある程度安定していること、そしてその計画に対し情熱があることの3条件が付いた場合です。7割レベルでいったんそのプランを放ってみるということで、私はこれを「七放」(しちほう)と名付けています。 石橋を叩いてから渡るのか、石橋を叩きながら渡るのか。仕事やキャリア作りは、時間をかけて意志決定すれば、必ずいい答えが持っているとは限りません。状況や仕事の縁といったものは、刻々と変化していきます。動く時は勇気を持って大胆に動くことが自分を拓いていくかなめです。この複雑な社会、複雑な人生において、どんな行動プランであれ、10割読み切るということは不可能です。たとえ読めたとしても、世の中がそのプランどおりに展開してくれる保証はどこにもありません。 7割まで来たら、まずサイを投げる。そして出た目を見て、次のプランを考え、また行動する。その繰り返しの中で道が見え、道が固まってくるものです。 「七で放つ」のは簡単ですが、本人の真価を問われるのはここからです。つまりそこからは、混乱、困惑、不測の出来事のオンパレードです。未知の連続に、「こんなはずじゃなかった!」という場面も多々出現してきます。自分が描いていたプランのそこかしこにひび割れが生じ、あるいは崩れ落ち、変色し、縮小していくでしょう。そうして当初掲げていたプランは5割レベルまで落ち込む状況になります。―――これが「五落」(ごらく)です。ただし、肝に命じてください。これは落ち込んだように見えるだけです。 「五落」という背丈まで生い茂る草むらの中、素手で草をかき分け、投げ倒し、道を探っていきます。どれほどの長さか分かりませんが、そうした混沌をくぐり、修羅場をくぐると、やがて広い丘に出ます。 その丘にはさわやかな風が吹いていて、ふと足元を見ると花も咲いています。そんな足元の花に気付くくらいに心に余裕ができた時、振り返ってみてください。おそらく事を起こす前までの自分を、冷静に眼下に見下ろせるはずです。その到達した丘は、当初自分が計画した以上の高みになっていることが多く、12割レベルというのが実感値となります。―――それが「十二達」(じゅうにたつ)ともいうべき境地です。 満足のいく仕事人生を築いていくにはさまざまな要素が必要になりますが、最も重要なものは「自分を試す勇気」と「状況を作り出す力」ではないでしょうか。分かりやすく言えば、リスクを恐れず、常に行動で仕掛ける。そして、自分なりの正解を作り出すことです。 動いていけばいくほどに、自分の視界はどんどん開けてきます。Aという山を目指していたが、状況を作り出すうちにBの山にたどり着くこともあるかもしれません。ですが、たぶんその時、あなたはBの山頂に立ってこう思うでしょう―――「あぁ、Bの山もまんざらではない。いい山だ」と。そして遠く向こうに見えるAの山頂を懐かしく眺めるでしょう。 仕事の成就やキャリアの進路に、「これしかダメ」という唯一無二の正解はありません。人はゆらぎながら成長していく動物です。ひとたび何か事を起こすと、自分を取り巻くさまざまな条件や制約、都合などが複雑な力学を伴って、自分に向かってきます。そうして押し合いへしあいしながら、キャリアの道筋は作られ、方向が自分の中で固まってきます。 どこまで行っても不安は付きまといますが、「自分らしく」という思いに根ざしていればそのプロセスもまた楽しめるものです。自分らしく不測の状況と葛藤して、行き着いた先が自分の居場所であり、そこに充実感を覚えるのであればそれは大正解を勝ち取ったということなのです。 勇気と夢、志を持って自分試しを敢行した人たちの経験によると、「十二達」の丘に到達した時、過去のことがすべて必然性を持ってつながってくるといいます。過去に何気ないところで得ていた技術や知識、人脈、そして雑多な経験や失敗などが、あたかも今抱いている夢や志のためにあったのかと思えるのです。 「先が読めないから行動できない」というのは言い訳です。まずは行動してみないから、先が見えてこないだけの話です。ヒルティは『幸福論』で次のように書いています。 「まず何よりも肝心なのは、思い切ってやり始めることである。仕事の机に座って、心を仕事に向けるという決心が、結局一番難しいことなのだ。一度ペンをとって最初の一線を引くか、あるいはくわを握って一打ちするかすれば、それでもう事柄はずっと容易になっているのである。……だから、大切なのは、事を延ばさないこと」 同様にノーベル化学賞を受賞した福井謙一博士は『哲学の創造』の中で、「まったく新しい学問というのは、論理によらない直観的選択から始まる場合が多い。だから着想を持ったら、ともかく荒っぽくてもいいから実験を始めること。そうすれば試行錯誤の中で正しい結論が裏付けられていく」と語っています。 何かの状況を前に、グズグズ、ウジウジ躊躇(ちゅうちょ)して、「ああなったらどうしよう、こうなったらどうしよう」と悩んでいる状態は気持ちが悪い。どうせ悩むのであれば、何か事を行って、その展開の上でどうしようかと悩むほうが、悩みがいもあるし、第一気持ちがすっきりする―――そう思いませんか。 本田宗一郎は「やりもせんに」と言いました。 鳥井信治郎は「やってみなはれ」と言いました。 そして、ナイキのブランドメッセージは「Just Do It !」。 サイを投げよ! すると先が見えてくる。腹が固まってくる。7割見えたらサイを投げよ=七放
過去のことがすべてつながる「十二達の丘」
企業で研修を行うと、たいてい主催の人事部(人材育成担当)は受講者(社員)に事後アンケートを取ります。そのアンケート結果は、研修プログラムの開発者であり講師である私にとっては、いわば成績表のようなもので、良い評価であれば励みにし、意見やクレーム・批評のようなものがあれば改善要求書ととらえて参考にします。いずれも見るのは楽しみです。
しかし、そんな中で残念な感想というのがあります。それは例えば――「分かりきった内容のことが多かった」「どこかで聞いたような話だった」「1日拘束されてやるほどの情報量がなかった」「理論的に目新しいものではない」「実際の業務には使えない」といった類のものです。
もちろん私も、このような声が出ないよう、もっと知的満足を与えるための改善の努力を重ねるわけですが、このような類の感想はどうしても出てしまうのです。その理由は「知識が学ぶ心を妨げているから」です。
●「観念が仕事を作り、観念が人を作る」
私が行う「プロフェッショナルシップ(一個のプロであるための基盤意識醸成)研修」は仕事やキャリア形成に関わるマインド・観を涵養する内容なので、いわゆる知識習得・実務スキル習得ではありません。働く上での原理原則の観念をさまざまに肚に植え付けること、そして思索・内省の脳を大いに動かすことを狙いとしています。
私は「観念が仕事を作り、観念が人を作る」と確信しています。さらには、観念は価値を生み出す基となるものであり、観念は人を結びつけるものであるとも確信しています。例えば私が紹介する観念は――。
「心が変われば、行動が変わる。行動が変われば、習慣が変わる。習慣が変われば、人格が変わる。人格が変われば、運命が変わる」(星陵高校野球部・山下智茂監督の指導書き)。あるいは「悲観は感情に属し、楽観は意志に属する」(アラン:仏哲学者)、または「チャンスは心構えをした者に微笑む」。(パスツール:科学者)といったようなものです。
これらわずか1文に表された観念を肚に落としてもらうために、ワークをやり、ゲームをやり、ディスカッションをやり、1日とか2日とかの研修プログラムをこしらえます。
原理原則を含んだ観念というのは、古典的な言い回しです。当然それらは一読して当たり前の内容であり、新規性のある情報や理論は含んでおらず、地味で説教じみたものです。そんなとき、「心が変われば運命が変わる? まぁ、教訓としてはそうだよね」「ああ、その言葉、聞いたことある。知ってる(で、それが何?)」「チャンスは努力しないと来ないってことでしょ。はいはい、分かってます(で、明日から使えそうな具体的ハウツーは何か教えてくれるの?)」……受講者の中で「知識狩り」「ハウツー情報狩り」の人の感想はこうなりがちです。
●「知識が学ぶ心を奪ってしまう」
知識を狩るにしても、ハウツー情報を狩るにしても、それは1つの好奇心の表れですから、まったく悪いというつもりはありません。しかし、自分の外側にある新奇のものばかりの収集・消費に忙しく、自分がすでに持っている内側のものの耕作・醸成を放置していることが私は残念だと言いたいのです。
私たちはあまりに知識所有教育を受け、情報優位社会に生きているので、「ああ、それなら知ってるよ」と思ったとたん、それ以降の「考えること」をしなくなります。そして、もっと知らない知識・もっと目新しい情報を欲しがるのです。
ここで、小林秀雄を引用しましょう。次の箇所は小林が小中学生に語った『美を求める心』に出てきます。
「言葉は眼の邪魔になるものです。例えば、諸君が野原を歩いていて一輪の美しい花の咲いているのを見たとする。見ると、それは菫(すみれ)の花だとわかる。何だ、菫の花か、と思った瞬間に、諸君はもう花の形も色も見るのを止めるでしょう。諸君は心の中でお喋りをしたのです。菫の花という言葉が、諸君の心のうちに這入って来れば、諸君は、もう眼を閉じるのです。それほど、黙って物を見るという事は難しいことです。(中略)言葉の邪魔の這入らぬ花の美しい感じを、そのまま、持ち続け、花を黙って見続けていれば、花は諸君に、嘗て見た事もなかった様な美しさを、それこそ限りなく明かすでしょう。画家は、皆そういう風に花を見ているのです」
小林は「言葉が美を見る眼を奪ってしまう」と言います。それと同じように、私は「知識が学ぶ心を奪ってしまう」と思います。つまり、「ああ、アランのその言葉なら知ってるよ。『幸福論』に出てくるやつでしょ」と、自分がそれを知識としてすでに持っていると認識するや、その人はもうその言葉に興味をなくします。その言葉の深い含蓄を掘り起こし、自分の生きる観念の一部にしようという心を閉じるのです。
知識狩りに忙しい人は、新奇のものを知ることに興奮を得ていて、本当の学び方を学ばない。ハウツー情報狩りに忙しい人は、要領よく事を処理することに功利心が満たされ、物事との本当の向き合い方を学ばない。
とはいえ、人生とはよくできているもので、こうした情報狩りに忙しい人も、ハウツー情報狩りに忙しい人も、いつかのタイミングで古典的な言葉に目を向けるときが必ず来ます。誰しも、悩みや惑い、苦しみに陥る時があるからです。人は何か深みに落ちた時に、断片の知識や要領のいい即効ワザだけでは自分を立て直せないと自覚します。そんな時、自分に力を与えてくれるのが古典的な言葉です。その言葉を身で読んで、強い観念に変えて、その人は苦境から脱しようとします。
そういうことがあるから、私は古典的な言葉を通して、大事な観念を研修で発し続けます。今はピンとこないかもしれないけれど、その人の耳に触れさせておくということが決定的に大事です。
自分の外側には無限の知識空間があり、そこを狩猟して回るのは興奮です。他方、自分の内側には無限の観念空間があり、そこを耕作することは快濶です。狩猟の興奮を与えるコンテンツ・サービスは世の中にあふれていますが、耕作することの快濶さを与えるものは圧倒的に少ない。私はその圧倒的に少ない方に自分の仕事の場を置きました。
3・11以降の日本がどうなるかを考える時、日本人がこの耕作にどれだけの振り返りをみせるかは1つの重要なポイントになると感じます。人を強くするのは多量の知識ではなく、健やかな観念です。興奮は一時的な刺激反応ですが、快濶は持続的な意志活動です。日本人の1人1人が「知ること」を超えて、「掘り起こすこと」に喜びを見出していくなら、日本は1つ強くなれると思います。(村山昇)
江戸時代が現代に比べてずっと犯罪が少なかった理由についてですが…
確かに厳罰主義や罪の連座制ということもあったでしょうね。あと江戸期の人々の義理人情とモラルが、現代人より遥かに高かったこと…これは大きいと思います。
江戸期は庶民でも寺子屋等で普通に教育を受け、識字率は当時の西洋以上。何を学んでいたかといえば儒教イデオロギーに基づいたお道徳。「誰も見ていなくてもお天道様が見ている」し、「人として恥ずべきこと」をすれば世間様から「笑われる」から悪事はできぬ。さらに信心深い人なら「バチがあたる」「後生に障る」と武士階級なら「ご先祖様に顔向けできぬ」が加わるなど、様々な道徳的・美学的・宗教的制約が人々を律していた。
ことに恥の文化といわれるように当時の人は「笑われる」のを何より恐れていたようで、司馬遼太郎氏によると、例えば金を借りる際『もし返せぬ時はお笑い下さい』と証文に一筆記せばりっぱな「質」として通ったといいます。またある町人の幼童が大人になったら侍になりたいと無邪気な夢を語ると、遊び仲間の子供たちにドッと笑われた。子供といえども笑われるというのは致命的なことで、その少年は恥をそそぐため必死に学問をして武士に取り立てられた…という実在の人物も紹介しています。
大航海時代の船乗りたちの間では「日本人と出会ったら決して笑うな。日本人は笑われると怒ってカタンナという剣を振りまわして襲いかかってくるそうだ」と噂されていた(爆笑)といいますから戦国期の人も笑われるのキライだったみたいですね。
当時驚くほど少ない警察力で大都会の治安が守られていたのは、この恥の意識に負うところ大じゃないですかね。神仏への畏れも武士道倫理も失い、恥の意識もだいぶ希薄となった現代日本の社会的荒廃と対照的です。いま私たちが金融会社に行き「返せなきゃ笑っていいから貸せ」なんて言えば、その場で笑われるか通報されますからね。
あとこれはよく言われることなのでご存知かもしれませんが、切捨て御免という武士の特権は有名無実でしたよね。武士が百姓町人を斬れば理由の如何を問わず、まず武士が罰せられる。本人の切腹だけで済めばよいが悪くすりゃ家の断絶でしょう。それを知っているゴロツキ町人などはわざと武士を愚弄し「斬れるもんなら斬ってみやがれい」とイキがっていたとか(←いつの世にもこういうカスはいる) 実際問題、人斬り包丁を二本差した連中がやたらと無礼打ちなんかしてたら社会の秩序は崩壊しますから、武士は黙って耐えるしかない。
それに切腹も扇腹といって実際に腹を斬らぬ儀式になり、武士が軟弱化した世にあっては、武士にとっても流血は異様なことで、有名な首切り浅右衛門でさえ罪人を斬った晩は酒浸りになったそうですから相当な精神的ダメージを受けてたんでしょうね。(ちなみに江戸期に行われた武士同士の果し合いは何時間もかかったのが普通で、チョコチョコ手傷をつけあって先に疲労と出血多量で死んだ方が負け、みたいな内容が多かったというリアルげな話も何かで読んだんですが、実際どうだったんですかね?本当だとしたら中山安兵衛の高田馬場の決闘はすごいですね。十八人斬りはウソでしょうが、仮に二~三人だったとしてもすごいですよ)
このように幕府の御政道は大抵建前と本音があり、「建前いいけど実際ダメ」とか「原則ダメだけど目をつむってあげる」なことすごく多かったみたいで、例えば関所だって手形なきゃ絶対通れなかったイメージありますが、実際には手形を持たぬ通行人でも役人が見て無害と判断すれば、「ならぬならぬ!関所を何と心得ておるか!」とわざとらしく怒りながら、通行人が行きたい方向へ背中を「押し返し」て通してくれたそうですよ。こういう日本的体質って現代にもありますよね。憲法で禁止されてるけど、現実にはそりゃあんまりだから軍隊と呼ばなきゃ戦力保持してもいいじゃん…とか。ならさっさと憲法変えりゃ済むのにこういうところは国民も幕府的(笑)。ソープやパチンコの換金だって法的きわどいけど、まあええじゃろ的なお上のお目こぼし要素じゃありません?
ビデオデッキがアメリカの著作権団体に訴えられたとき、
「これはタイムシフトだ!録画文化を作り出すのだ!」と言って、新しい文化を作り出してた企業が、
後に、「著作権は何より大事。AtracやCCCDで泥棒どもから著作権を守ろう。
ユーザーの利便性?知るかボケ!」、だもんなぁ。
つまり、ソニーですら、老衰してるんだよきっと。
若き頃のソニーは、今は日本には無く、アメリカや中国韓国にいるのだ。
スーパーで実際にあったクレーム
・1680円の商品を買ったのに駐車券は2000円以上からですと言われもらえませんでした。もう2度と行きません。
・専門店で買ったらポイントつけてもらえませんでした。同じスーパーの中にあるのに納得いきません。
・自販機でもレシートが出るようにしてください。
・ちょっと走ってるからといって子供に直接注意するのはやめてください。子供がおびえて泣きそうになり○○にはもう行きたくないと言いました
・地下にあるファンタは98円なのになんで自販機だと120円なんですか?
・惣菜の割引きシールをもう少し早くつけてほしい。7時くらいからできませんか?
・私服警備員を置くのを辞めてください。
・そちらの店員が夫に色目を使ってきて大変不愉快です。
・「ビニール袋は如何なさいますか?」と聞かれると「お願いします」というしかない。客がお願いするのは絶対におかしいので言い方を変えろ。
・駐車場が満車なんですけど!
・辛くないラー油がいつも欠品してます。仕入れ担当者の怠慢じゃないんですか?
(文章は読みやすいように編集してあります)